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映画「響-HIBIKI-」の結末(ラストシーン)を考察する

2021年7月21日

映画「響-HIBIKI-」の結末(ラストシーン)は決してわかりやすい「ハッピーエンド」というわけではありません。

 

しかし、序盤から一貫している主人公「響」の生き方や考え方を思えば、むしろ違和感のない筋の通った良い終わり方だったと思っています。

 

本記事では、映画「響-HIBIKI-」の結末部分についての個人的な感想も含めてお伝えします。

 

※結末に関する記事なのでネタバレを含みます。これから映画「響-HIBIKI-」を視聴しようと思っている方はご注意下さい

 

▼映画「響-HIBIKI-」についての全般的な感想はこちらの記事に書いています^_^

 

 

映画「響-HIBIKI-」の結末(ラストシーン)への大まかな流れ

 

では、ここでは映画「響-HIBIKI-」のラストシーンまでの流れを簡単にですがご紹介します。

 

▼その前に登場人物を確認したいよ!という方はこちらの記事をどうぞ⇒映画「響-HIBIKI-」の登場人物・キャストを紹介

 

響、芥川賞&直木賞のダブル受賞

 

響は、「お伽の庭」で60年ぶりとなる芥川賞と直木賞のダブルノミネートという快挙を成し遂げます。木蓮の新人賞の会見での暴力騒動で「お伽の庭」の単行本可は無い、という話でしたが、ダブルノミネートによって、その話もどんどん進んでいきます。

 

そこで茶々を入れてきたのが週刊誌の矢野です。

 

突然響の前に現れ挑発的な質問を投げかけ、それに怒った響は矢野のカメラを車道に放り投げ、カメラはトラックに踏み潰されます。

 

それで終わりと思いきや、追い打ちをかけるように響は矢野のマンションまで押しかけます。自分のことを記事にしないでと直訴しますが、矢野は「もう君は逃げられない」と一言。響は矢野を睨みつけその場を去りました。

 

そして、ついに響はノミネートされていた芥川賞と直木賞をダブルで受賞します。

 

敗北者、山本春平(小栗旬)の絶望

 

響の快挙の裏では、小栗旬演じる売れない小説家山本の「豚小家の豚」がノミネートはされたものの受賞は叶わず。

 

山本はこれまでの10年間で芥川賞に「ノミネートはされるものの落選」という経験を数回しています。

 

しかも、山本の受賞を何年も心待ちにしていたであろう親御さんは、残念ながらそれには間に合わずすでに亡くなられているのです。

 

親御さん(お母様?)からは、山本が賞にノミネートされる度に”お守り”が贈られていました。

 

今回は、担当者が代わりに山本にお守りを送り、「今回は絶対行ける」という自信満々の励ましの声をかけました。が、、無念の落選

 

応援してくれていた人に先立たれ、それでも諦めずに渾身の一作を書き上げ、それでもまた落選、、という事実が山本に絶望感を抱かせます。

 

響、タブル受賞会見へ

 

そして、響は受賞会見に臨みます。響は目深にフードを被り、木蓮の編集者花井ふみ(北川景子)と共に登場。

 

会見では、響が直接取材陣の質問に答えるのではなく、花井が代弁するカタチをとります。もちろんそれに対し、取材陣からは不満の声があがります。

 

そしてその中には週刊誌の矢野もいました。矢野に質問する順番が回ってきた時、響は間髪入れずに「あなたにはわたしが答える」と言います。

 

矢野は響の問題行動を取り上げ「筆を折るべきだ」と主張します。

 

しかし、響はそれに対し平然と「書きたいものがある限り書き続ける。私はそうやって生きていきたい」と言い放つのです。

 

その言葉に若干気圧された矢野でしたが、それに対抗するように今度は「お伽の庭は本当にその子が書いたんですか?」と根も葉もない疑いをかけ、響を挑発。まわりの取材陣もそれに賛同するかのようにざわつき始めます。

 

それに勢いづいた矢野は、追い打ちをかけるように花井に対し「あなたが書いた可能性もあるんじゃないの?」と煽ります。

 

その言葉についてに響はブチ切れてしまい、矢野に向かってマイクを投げ付け、そのまま走りだし飛び蹴りをかまします。そして会見は終了。。。

 

映画「響-HIBIKI-」の結末(ラストシーン)

 

波乱の会見後

 

飛び蹴りをかました響はそのあと当然花井に問い詰められます。「響!どうして!!?ゆるせないのはわかるわよ!」

 

それに対し響は「ふみがいじめられたから、それがゆるせなかった。。」と言います。

 

そして、木蓮の編集長の神田(高嶋政伸)には「あなたの小説を出すことはできません」と言われるも、響は飄々とした態度で「今日はありがと。じゃあ。」とその場を去っていきます。

 

山本春平(小栗旬)は電車の踏切へ

 

場面が変わり踏切のシーンへ。

 

絶望の面持ちの山本(小栗旬)は目の前に電車が走る中、踏切の遮断棒に手をかけようとします。しかし、そこに響が近づき、その気配に気付いたのか山本は一旦手を引っ込めます。

 

踏切を渡りかけた響は振り返り「死ぬつもり??」と問いかけます。山本は「関係ないだろ。」といいますが、「どうして死にたいか教えて。納得したら消えるから」と響。

 

そこで山本は、自分が小説家であること、そして10年やってもなんの結果も出せなかったことなどを語ります。

 

「10年やってだめだったら11年やればいい」と響は言いますが、そうやってこれまで頑張ってきたけど、もう疲れたと山本。

 

「駄作しか生み出せなかった」そう言う山本に対し響は「人が面白いと思った小説に作者の分際で何ケチつけてんの?」と言い放ちます。

 

響、山本を止めるため、、、

 

響とのやりとりで何かを感じたのか、山本は響に名前を訪ねます。その名前を聞いて山本は驚きます。

 

と同時に、響がいつまでも線路のど真ん中に立っていることに焦った山本は、「早くこっち来いと」とうろたえます。しかし、遮断器が降りた状態にもかかわらず響は落ち着いた態度で「わたしがここから出たらあなた死ぬつもりでしょ?」と言って動こうとしません。

 

そして、電車がどんどん近づいてきます。それに半分パニックになる山本。

 

ギリギリで止まった電車を一瞥し響は「わたしは死なないわよ。まだ傑作を書いたおぼえはない」と力強く山本に言います。

 

響、パトカーの中で

 

シーンが変わり、響は花井と電話で話しています。反響がものすごく「お伽の庭」が出版できるようになったと伝える花井。初刷りで100万部。。。

 

響は花井に、新しい物語が頭に浮かんできたこと、そして「あたしがそれを書き終えたら今度も一番最初にそれ読んでくれる?」き聞きます。

 

最後に響は「100万部売れたらいくらわたしにはいる?」と尋ね、花井の「1億4000万、、?」との言葉を聞き電話を切ります。

 

実はその時響はパトカーの中。

 

警察官はやけに落ちついた様子の響に「状況わかってる?」と言います。これから家族に対して鉄道会社から多額の賠償請求がいくこと、そしてそれも何千万以上であることを。

 

響は静かに

「大丈夫、、 それなんとかなりそう。。」と答えます。

 

映画「響-HIBIKI-」の結末(ラストシーン)を考察

 

最後に、映画「響-HIBIKI-」のラストシーンが伝えているメッセージを私なりに考察したいと思います。

 

自分の信念を貫き通すこと

 

ラストシーンだけではありませんが、映画「響-HIBIKI-」の一番のメッセージは「自分の信念を貫き通すことの大切さ」ではないかと思います。

 

人間は弱いもので、たとえ「こうだ!」と決めたことがあっても、様々な障害によって軸がぶれてしまうものです。

 

しかし、響は徹底して(時には暴力も使ってw)貫き通します。

 

信念があるのなら他人は全く関係ない

 

響とその他の人間との一番の違いは、「自分は自分。他人は他人」という意識が非常に明確であるということです。

 

最後の売れない小説家山本とのやりとりでも、山本は自分がどうしたいとかではなく、世の中から認められなかったから死ぬ、と言っているのに対し、響は芥川賞と直木賞のダブル受賞という最高の栄誉を勝ち取ってもなお、自分はまだ満足していないと言い放ちました。

 

書きたいから書く。人からの評価なんて関係ない。

 

これは文章の世界だけではなく、表現の世界に住むすべての人にとって大きなテーマだと思います。

 

人間には承認欲求というものが当然あるわけですが、それと同時に、クリエイティブな世界の人間には「何かを生み出したい」という思いもあります。

 

世の中から認められることとは関係なく、「ただシンプルに生み出し続ける」という響のブレのない生き様は、かっこいいの一言です。

 

響にも承認欲求はあるが、、、

 

他人は関係ない、というスタンスの響ではありますが、作品内では響の承認欲求も描かれています。

 

そもそも、木蓮新人賞に応募した理由もそれで、響は自分の価値観が人にどう見えるのかを知りたかったわけです。

 

ラストシーンでも花井に「新しい小説ができたらまた一番に読んでくれる?」と聞いていますが、響がその他の人間と大きく違うのが、大勢の人(世の中全体)から認められたいというのではなく、「たった1人でいいから認めて欲しい」というささやかな欲求しかないということです。

 

クリエイティブな活動をしていれば、当然「より多くの人に認めて欲しい」と思うのが普通ではありますが、響はそうではないということです。「足るを知る」ではないですが、それもまた響らしさだと言えます。

 

 

以上、映画「響-HIBIKI-」の結末に関する考察でした。

 

え、、?そんなシーンあったっけ、、?なんか、もう一回見てみたいなぁ・・・
というあなた・・・!

 

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まとめ

本記事では映画「響-HIBKI-」のラストシーンへの流れと、わたしなりの考察をお届けしました。

 

過激な暴力シーンへの批判、そして映画の興行収入がイマイチだったことから「爆死」と言われたりと、マイナス評価も目立った本作でしたが個人的にはかなりの良作だと思います。

 

この作品は、すべての人の心に響く作品、というより、何か人生の中で突き詰めていきたいものを持っている人にこそ刺さる作品だと思います。

 

ケンタ
ケンタ
最後までお読みいただきましてありがとうございました。

 

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